ムビラ弾こうよ! ボランティア報告2018


2018年の2月、
マウントダーロウィン(Mount Darwin)というところにある、
ジンバブエの田舎の学校に、
ボランティアのために行ってきました。

行く前に、
ジンバブエの首都、ハラレで、
学校に寄付する物資を買いそろえました。

学校には、生徒が485人いる、
との事で、
500本のボールペンを買いました。

ノートも買いたかったのですが、
学校で使用しているノートは、
1冊1.7ドル(187円程度)で、
485人分買うと、
10万円いかないくらいになってしまい、
資金が足りないので、
ノートはあきらめました。

その代わり、
今回行く学校は、
場所と黒板があるだけの、
ほとんど何も無い学校で、
学校の先生から、
”子供たちが喜ぶものが欲しい。”
との要望をいただいていたので、
子供たちみんなが学校のグラウンドで、
体育をしたり、
クラブ活動が出来るように、
サッカーボールを2つ、
バレーボールを1つ、
ネットボールを1つ、
ボールの空気入れを買いました。

出発当日、
マウントダーロウィンに向けて、
朝9時過ぎに出発しました。

ショナ人の協力者、
ババ・シュンミに同行してもらい、
彼の車でマウントダーロウィンを目指しました。

午前中は、道路は、
ある程度、舗装された道でしたが、
だんだんと陥没しているところや凸凹が多くなってきました。
それと比例して、
ジンバブエの雄大な自然の風景がまわりに広がってきました。

そして、道はとうとうアスファルトで無くなり、
じゃり道となりました。

しばらくすると、
ババ・シュンミが運転に疲れたので、
僕が運転を代わりました。

しだいに日は暮れて、
街灯も何も無い、
車のライト以外視界が見えない、
真っ暗闇のじゃり道を、
ゆっくり運転していきました。

20キロ以上のスピードを出すと、
突如、眼前に出現する、
じゃり道の陥没した穴に車のタイヤがはまり、
穴から抜ける時に車がジャンプして、
車が壊れる可能性があります。

なので、ゆっくりゆっくり、
穴を避けながら、
ハンドルを右や左に切りながら運転しました。

そして、夜の20時頃、
目的の学校に到着しました。

学校の敷地内には、
教員住宅があり、
ティージガ先生、
という先生の家を訪ね、
その先生の家に宿泊させていただきました。

(写真右がティージガ先生、写真左がティージガ先生の息子)

今回、ボランティアで訪れたのは、
Chironga high school(チロンガハイスクール)というところでした。


(ティージガ先生の家にいる七面鳥)

ここは、

ジンバブエの隣の国、
モザンビークに近く、
標高1490メートルにある、首都ハラレと比べて、
標高がだいぶん低く、
暑い印象でした。

ハラレにはマラリアの蚊はいませんが、
このあたりにはいる、
という事で、
蚊には気を付けなければいけませんでした。

校内には、大きなバオバブの木があり、
雄大なアフリカの自然の中にある学校でした。


(校内にあるバオバブの木)

ティージガ先生といろいろ話して、
学校生活について聞いてみました。

ジンバブエでは、
学校教育は4、5歳くらいからはじまります。
まずは、プライマリースクールに行きます。
これは7年間、grade1からgrade7まで学びます。

プライマリースクールが終わると、
セカンダリースクールに行きます。

これは4年間、fone1からfone4まで学びます。
たいていはfone4で卒業しますが、
優秀な生徒は、fone4の時に試験を受けて、
試験に受かればfone5へ進学できます。
fone5に進学した生徒はfone6まで学び、
その後、優秀な生徒は大学に進学します。

今回のChironga high schoolはセカンダリースクールで、
fone1からfone4、
12歳から16歳くらいまで、
485人の生徒がいる、
という事でした。

ちなみにfone5とfone6の生徒は、
現在、22人、という事でした。


(全校集会をする場所)

これが学校のスケジュール
—————————–
7時30分に学校がはじまる
授業時間
13時にランチ
14時~16時 体力トレーニングなど
16時10分に授業終了
—————————–

ちなみにティージガ先生は数学の先生です。
若い頃から、子供たちにものを教えるのが好きで、
それで、先生になる事を決めた、
という事でした。

学校は、

月曜日から金曜日まで。

学校に家が近い子供もいますが、
遠い子供は7kmくらいの距離があり、
毎日、子供たちは、
雨の日でも、
でこぼこのじゃり道を往復します。

自転車を持っている子供もいますが、
だいたいは、自転車を持っておらず、
歩きで通学しています。

教室を見せてもらうと教室の床がだいぶんひび割れていました。

お金が無くてなおせない、
という事だったので、
「政府から支払われないのですか?」
と聞くと、
『政府からは支払われない。』
との事でした。

「それでは誰が修復するのですか?」
と聞くと、
『子供の親たちが、
お金を出し合って修復する必要がありますが、
そのお金が無いので修復はされていません。』
との事でした。

「必要なものは何ですか?」
と聞くと、
『だいぶん前ですが、
パソコンが1台ありました。
しかし、壊れてしまい、
それ以来、学校にパソコンがありません。
生徒たちが学ぶためのパソコンが欲しい、
私自身も、
生徒にパソコンを教えるため、
パソコンがあればいいのですが。』
との事でした。

パソコンを少しでも学ぶ事が出来るようになれば、
将来の進路が変わってくる生徒も出てくるのだろうな、
と思いました。

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☆いらないパソコンがあって寄付したい、
という方、ご連絡ください。
playmbirahosho@gmail.com

日本語仕様のパソコンの場合、
英語仕様に変更できるパソコンである必要があります。

英語仕様に変更できるOS:

【ウィンドウズ】
Windows 7 Ultimate、Windows 7 Enterprise
windows8以降

【マック】
OS X 10.6以降
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物資を寄付する日がやってきました。
ジンバブエの学校の朝は早いです。

起床して歯を磨いていると、
7時過ぎ、
ティージガ先生は、
「それではまた学校で。」
と言って、
学校に向けて家を出ました。

僕は、トイレに行って、
バケツに入れた水で体を洗い、
ティージガ先生の奥さんがつくってくれた朝食を食べ、
9時前くらいに家を出ました。

学校でティージガ先生と合流し、
僕は、職員室へと案内されました。

そこには、たくさんの先生方が集合していました。

先生方が静かに見つめる中、
僕はショナ語で挨拶をはじめました。

「ンディノンジ スミ。
ンディノーヴァ ク ジャパン。
ンディノファーラ ククズィヴァイ」
(私の名前はスミです。
日本から来ました。
みなさんと知り合えてとても嬉しいです。)

先生方から、笑い声と共に、
『ンティノファーラ ククジヴァイウォ』
私たちも知り合えて嬉しく思っています、
という返答がありました。

そして僕は、
これから英語で話す事を謝り、
次のように話を続けました。

「私は日本人です。
日本という国は、先進国として知られています。
しかし実際は、日本では、
100ドル(11000円程度)かせぐのも、
簡単な事ではありません。

今回のお金を寄付してくれた方々は、
働いて、お金をため、
そして、そのお金を寄付してくれました。

そのお金を使って今回、
サッカーボール2つ、バレーボール1つ、ネットボール1つ、
ボールの空気入れ1つ、
ボールペン500本を買って持ってきました。

ぜひ、使っていただければ、
と思います。

これははじまりです。

これからどんどん、
この動きが大きくなり、
そしていつか、
寄付してくれた人たちが、
「お金を寄付するだけじゃなくて、
実際に、その人たちに会いにいきたい!」
と、この学校を訪れ、

(先生方から、yes! yes!と、相槌の声が聞こえる。)

そして、これは夢かもしれませんが、
いつか、この学校の生徒たちが日本の学校を訪れ、
そして日本の学校の生徒たちがこの学校を訪れ、
そういう交換留学、文化交流へと発展し、
日本とジンバブエが強く結ばれていく。
夢かもしれませんが、
これが僕のaim(目指しているもの)です。」

と話しました。

僕の話が終わると、
今回寄付するボールやボールペンの、
簡単な贈与式が行われました。

その後、
首都のハラレから一緒にやって来たババ・シュンミが、
古着、そしてスポーツのユニフォームを贈与しました。

そう、今回は、僕からの寄付だけではなかったのです。

ババ・シュンミは、
僕の思いを聞き、協力しようと決意し、
数週間前から、
ハラレの友達や知り合いに声をかけ、
寄付の物資を集めてくれていたのです。

日本人とジンバブエ人が協力する形での
ボランティアとなったのです。


(ババ・シュンミが寄付したユニフォーム)

その後、先生たちに導かれ、
チロンガハイスクールの生徒、
485人が集まっている場所へと移動しました。

まず、ババ・シュンミが挨拶をし、
そして僕を紹介してくれました。

僕は、まずショナ語で挨拶し、
そして、
これから英語で話す事を謝り、
話をはじめました。

「トゥーサウザントエイティーン(2018)・・・、
そう、今年は2018年です。

エンドオブトゥーサウザントセブンティーン(2017年の終わり)!
4人のショナの人が集まりゴチゴチをしました!

(ゴチゴチとは、ショナの肉の焼き方で肉を焼き、
お酒を飲みながら音楽を聴いて歌って踊って楽しむパーティー、
ショナの人たちは、
お金が手に入ったり、お祝いがあるとよく、
ゴチゴチパーティーをする。)

どこでだと思いますか?

日本でです!
日本の僕の部屋でです!

肉を食べて・・・、
お酒を飲んで・・・、
ジャープレイザーを聴いて、
マチェッソを聴いて、
スルマニを聴いて、
(ここで、生徒たちが爆笑、
この日本人はスルマニの事も知っているのか、
という感じで)

信じられますか?
あなたたちと同じショナの人たちが、
ここから遠く離れた日本で、
日本人たちと一緒にゴチゴチをしているんです。

みなさんには将来があります。

僕があなたたちと同じ年代だった頃、
将来、僕がジンバブエに来るとは思ってもいませんでした。

しかし、それから25年、
海外に行きやすい世の中になり、
僕は今、
ここに、
ジンバブエにいます。

あなたたちが成長する頃、
世界は、もっと近くなっているでしょう。

この中から、将来、
アメリカに行く人もいるでしょう、
イギリスに行く人もいるでしょう、
日本に行く人もるかも知れません、
そしてゴチゴチパーティーをするのかも知れません。

今日、
日本の人たちからの寄付を集めて、
体育のためのボールと勉強のためのボールペンを持ってきました。

みなさんに使って欲しいと思います。

日本で寄付をしてくれた人たちは、
あなたたちと会うと、
とても喜ぶ、
と思います。

私たちは待っています。
いつか、あなたたちと会う日を。

あなたたちの成長を期待し、
私たちは、
成長したあなたたちと、
いつか、
会う日を期待して待っています!

ありがとうございます。」

と話しました。

その後、
たくさんの生徒たちに囲まれ、
写真撮影会となり、
「もうそろそろ行くよ!」
とババ・シュンミがしびれを切らすまで、
それは続きました。

たくさんの先生たちから、
今回の事をとても感謝している、
と、お礼の言葉をいただきました。

ご寄付をいただいた方々、
ありがとうございました。

みなさまからいただいた気持ちは、
彼らの学校生活の助けとなり、
ボランティア活動も来年へとつなぐ事ができました。

この場を借りてお礼申し上げます。

スミ・マズィタテグル

【総募金金額】
42000円

【今回使用した金額】
35946円

【残額】
6054円

残額は、
次回の2019年のジンバブエでのボランティア活動にて使わせていただきます。