ジンバブエの歴史とムビラ


ジンバブエの歴史とムビラ

その1

その昔、
ジンバブエに白人たちがやってきた。

ジンバブエに住むショナ族たちは、
白人たちの事を”膝の無い人”とよんだ。

なぜなら、彼らは、
見慣れない長ズボンをはいていたからだ。

その2

白人たちは、たくさんの役立つもの、
甘い誘惑を持ってやってきた。

ショナ族たちの間では、
白人を信じる派と白人を信じない派が出来た。

なぜなら彼らには、
彼らが信仰する精霊、
チャミヌカの予言があったからだ。

“子供達を護れ、
異邦者たちがこの土地を欲しがっている。
すぐに彼らはやってくるだろう。
西から海を越えて彼らはやってくる。”

しかし、
とうとう白人を受け入れてしまい、
そして、
手のひらを返した白人によりジンバブエは植民地化されてしまう。

そして、
ショナ族たちは白人の奴隷となった。

その当時の事を表現している、
と言われるムビラの歌詞がある。

タイレヴァ、いう曲の歌詞だ。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
タインボレヴァムカランガ
(族長の妻よ、言ったじゃないか)

タイレヴァ ニャムタンバ ネモンベ ワバイワ
(見ろよ、ニャムタンバネモンベは殺されたよ。
なぁ、言っただろう、言ったじゃないか。)
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

タイレヴァを聴ける音源(歌は無し)
https://www.youtube.com/watch?v=Xw93QBIs5ls

その3

1890年代、奴隷政策に耐えかねた人々が、
とうとう立ち上がった。

白人政権に対する開放闘争が起こったのだ。

この闘争はチムレンガと呼ばれた。
なぜならムレンガ(カグウィの別名)という名の男がはじめた闘争だったからだ。

※チムレンガに関してはウィキペディアを参照
https://en.wikipedia.org/wiki/Chimurenga

そして解放闘争を牽引するために、
2つの大きな精霊が降り立った。
ネハンダとカグウィの2つの大きな精霊だ。

ショナ族は、
一晩中ムビラを弾いて儀式を行う。

その儀式の最中には、
精霊が降りてきて人に宿る。

精霊に宿られた人は、
その精霊の人格を持つ事となり、
元の人格は無くなる。

ほとんどの精霊は明け方には去っていく。

しかし、
チャミヌカ、ネハンダ、カグウィ、ネオレカ、
そういった”時代が困難になると現れる”と言われる強い精霊が人に降りて宿った場合、
その精霊は降りた人にずっと宿り続ける。

そう、この困難な局面を打開するため、
ネハンダとカグウィが現れたのだ。

※写真右がカグウィ、左がネハンダ

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その4

ネハンダとカグウィが解放闘争を牽引し、
人々は白人政権と闘った。

彼らが信仰する精霊・チャミヌカの予言には、こうあった。
——————
子供達を護れ、異邦者たちがこの土地を欲しがっている
西から海を越えて彼らはやってくる、
あなたたちは戦わなければならない
子供達を生き延びさせるため
あなたたちは勇気を持たなければならない
あなたたちは強くなければならない
——————

人々は、ネハンダとカグウィが、
共にいてくれる事に勇気を得て、
力強く解放を求めて進んでいったのだろう。

しかし、数年後の1898年4月、
ネハンダとカグウィは白人政権に捕らえられる。

その時、ネハンダは、
“私の子供たちが人々を自由にするために戻ってくるだろう”
と叫び、歌いながら絞首刑にされたという。

ネハンダの事は、ムビラの曲でもよく歌われる。
https://www.youtube.com/watch?v=vjTHWfUPFGU

これは、タズンガイラ、という曲で、
nehanda mudzimu woye tadzungaira
(精霊ネハンダよ、我々は大変な危機に直面しています。)
と歌われている。

※写真中央が捕らわれた時のネハンダ。
毅然とした態度で大地を踏みしめ、
すっくと立っている。

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その5

チムレンガ(解放闘争)が失敗に終わり、
ムビラにとって不遇の時代が訪れた。

白人政権は、
新たな、ネハンダ、カグウィが現れる事を恐れ、
許可の無い儀式を行う事を禁じた。

ムビラを演奏して儀式を行っていると、
“許可状を確認する!”
と、警察が踏み込んでくるのだ。

人々は、
田舎に隠れて細々と儀式を行い、
精霊に祈り、伝統を守り続けた。

この当時に生まれた踊りもある。
ジェルサレム、という踊りなどはそうだ。

この踊りは、
今でもジンバブエで踊られるが、
白人をあざむくために作られた、
と言われる。

白人たちがやってきた時に、
“いえいえ私たちは伝統的な踊りなどは踊っていません。
この新しい踊り、ジェルサレムを踊っているだけです。
ですので規則には違反していません。”
と言うために。

その6

1900年代、半ば、
地下組織が動きだした。

彼らはコムラドと呼ばれた。

コムラドは夜になると村に現れ、
村人を集めて集会を開いた。

その当時には、
奴隷制度の中で生まれた人、
すでに洗脳されてしまっている人も多かった。

首都のハラレにも黒人は入れない、
自分たちは白人より地位が下で、
白人の召使になれればよい待遇を与えてもらえる、
そんな状況を当たり前のように考えている人も大勢いた。

しかし、違う。
ジンバブエは白人のものではなく、
ジンバブエ人のものである、
自分たちは占領された、自分たちの土地は奪われた、
そんな事を、コムラドは歌をもって、
人々に思い出させる事につとめた。

こんな歌だった。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
やつらはソールズベリーと呼ぶところにやってきた。
そこはわれらの言うハラレだ。
そして自分たちの旗を立てた。
ネハンダとカグウィはこの様子を見た。
そして戦いを始めた。
反抗の戦いだ。
豊かさで満たされるように、と願って。
しかし、ネハンダもカグウィも殺された、殺された。
略奪者はジンバブエに住んだ。
そしてキリスト教を広めた。
聖ピーターとか、聖ルークとかのことだ。
だけど、我等の英雄、聖チャミヌカはどこにいるのだ?
聖カグウィはどこにいるのだ?
聖ネハンダはどこにいるのだ?

白人たちよ、よく聴け。
我々はこの困難を解決する。
この歌は解放闘争チムレンガの唄だ。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

この当時、コムラドを助けたのが、
ブンドゥーボーイズ(草原の少年たち)と呼ばれる少年たちだった。

ブンドゥーボーイズは、コムラドを助け、
衣服や食料を調達する役を担っていた。

1900年代後半、
ジンバブエのブンドゥーボーイズというグループの
音楽が世界で流行ったが、
このグループの名前の起源は、
このグループのリーダーが、
元ブンドゥーボーイズだったからだ。

ブンドゥーボーイズの音源

https://www.youtube.com/watch?v=9qYCIXAMnWU

その7

そしてようやく解放闘争、
チムレンガの動きが大きくなってきた。

ジンバブエの教科書では、
1890年代にネハンダとカグウィが牽引した解放闘争を、
ファーストチムレンガ、
そして、
この1900年代中盤からの解放闘争を、
セカンドチムレンガ、
と呼ぶ。

セカンドチムレンガでは、
ロバート・ムガベ、エドガー・テケレ、
族長タングウェナ、
後に英雄と呼ばれる事となる様々な人たちがあらわれ、
ジンバブエを解放へと導いていった。

それだけではなく、
既に植民地支配からの独立を果たしていた、
ボツワナ、モザンビーク、ザンビア、
近隣諸国たちもジンバブエの独立のために
力を貸した。

写真左がロバート・ムガベ、右がエドガー・テケレ。
切手の写真が族長タングウェナ。

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ジンバブエの歴史とムビラ

その8

そんな中、
音楽で解放闘争戦士たちを勇気づけたのが、
トーマス・マプフーモだった。

写真はトーマス・マプフーモ 撮影:高桑 常寿

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彼は、ムビラのリズムをベースに、
ムビラとギターとドラムで曲を奏で、
解放闘争を応援し、白人政権を批判する歌を歌った。

白人政権から目をつけられたトーマス・マプフーモは、
何度も捕まり投獄された。

投獄されたトーマス・マプフーモは、
恋の歌などの当たり障りの無い歌を歌い、
出獄して数ヶ月すると、
また、解放闘争を応援し、白人政権を批判する歌を歌った。
そして、その度に投獄された。

そのうち、人々はトーマス・マプフーモの歌を、
チムレンガミュージックと呼ぶようになった。

トーマス・マプフーモの曲

https://www.youtube.com/watch?v=o-mw9U5Fq4g

その9

アフリカで一番、
独立が遅れてしまっているジンバブエを助けるため、
海外勢も応援をはじめた。

ボブ・マーリーもその1人だ。

写真はボブ・マーリー

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彼の曲で1曲だけ、
国の名前が付いている曲がある。

そう、zimbabweという曲だ。

ボブ・マーリーはzimbabweという曲をつくり、
海外からジンバブエの独立を応援し続けた。

アフリカだけでなく、
世界各国からも、ジンバブエの情勢が注目を集め出した。

海外からの応援を受け、
ジンバブエは独立に向けて加速していく事となる。

ボブ・マーリーのzimbabweが聴ける動画

https://www.youtube.com/watch?v=H7g-niDevcU

【zimbabweの歌詞の意味】

Brother,You’re right, you’re right, you’re so right!
We gon’ fight (we gon’ fight), we’ll have to fight (we gon’ fight),
We gonna fight (we gon’ fight), fight for our rights!

兄弟よ、
あなたたちは正しい、あなたたちは正しい、
あなたたちはとても正しいんだ
私たちは戦いだすんだ、私たちは戦いださなければならないんだ
私たちは戦いだすんだ、私たちの正義のために戦うんだ

No more internal power struggle
We come together to overcome the little trouble.
Soon we’ll find out who is the real revolutionary,
’cause I don’t want my people to be contrary.

これ以上、困難をもたらす、
我々の国の内部に存在しているちっぽけな圧力はいらない
私たちは、この小さくて簡単に解決できる困難を打ち負かすため、
集結するんだ
すぐに私たちは真の革命家を見つけ出すだろう
なぜなら私は、私の兄弟たちが、
本来あるべき姿と全くの反対の状況にある事を望んでいないからだ

Africans liberate Zimbabwe (Zimbabwe)

アフリカ人たちが、
ジンバブエを占領された状態から開放する(ジンバブエ)

その10

たくさんの英雄たち、近隣諸国、海外勢の助けにより、
ついに、1980年4月17日、
白人政権との停戦協定を結び、
ジンバブエは独立を宣言した。

その4月17日に行われた独立式典、
そこにはボブ・マーリーの姿があった。

ゲストとして招かれたのだ。

人々はボブ・マーリーのzimbabweを聴き、
白人政権とジンバブエ国家の停戦協定を眺め、
90年に渡って続いてきた迫害の歴史からの解放を祝い、
独立の喜びに酔いしれた。

今でも、ジンバブエでは、
独立記念日に、
ジンバブエの独立を祝い、
テレビやラジオから、
ムビラの曲が流れてくる。

ムビラは、彼らのルーツであり、伝統であり、信仰であり、
そして、
彼らを率いて命を落としたネハンダやカグウィ、
そして解放闘争戦士たちの象徴でもあるのだ。

1980年4月17日、独立式典の様子が見れる映像

https://www.youtube.com/watch?v=JnpBtRlfdjc

最終章

これが、ジンバブエのムビラと歴史のお話。

人々の想い、ムビラ、精霊。

シンボティ氏は言います。
「ムビラの曲は世界に起こる全ての事象をあらわしている。」

ガリカイ氏は言います。
「祖先をおろそかにするのであれば、我々は消えてしまうだろう。」
「ムビラの曲を聴くと、お腹が痛かった人が、お腹が痛くなくなったり、
人々が体を癒されていく。
ムビラの曲を1度聴くと、その音は数日間は耳に残る。
耳に音が残っている間は、ムビラの体を癒す効果が続いている。」
本当は、
もっともっとたくさんのお話があります。

今、ジンバブエでは、
昔のように逮捕される事を恐れることなく、
毎日のように、
各地でムビラを演奏する儀式が開催されています。

そこでは、精霊への願い、これまでの歴史、伝統、
そんなものが歌われ、語られています。

ムビラはショナ族に古来から伝わる伝統楽器、
ネマムササ、タイレヴァ、シュンバ、チペンベレ、
今もなお、ショナ族の人々は、
ムビラで、古来から伝承されてきた曲を弾き続けています。

ショナ族の詩

祖先よ、
ネハンダ、カグピ、チャミヌカ、ネオレカ、
モノマタパ王朝の魂たちよ、
私たちは解放のために闘った。
そして闘いに勝ち、
国のすみずみまでが私たちの国になった。
石に、木に、海にやどる神に感謝する。
神よ、ふたたび私たちの上に輝いてはくれまいか。
私たちが、平和に祖先の地で暮らせるように、
これからとるべき道を、正しい方向を示してほしい。