サミュエル・ムジュル(Samuel Mujuru)


サミュエル・ムジュル

1958年ジンバブエのダンバツォコ地方生まれ

トーテムはヒヒ

ムビラを演奏する一族、
ムジュル一族の1人。

ムビラ奏者としても、
ムビラ制作者としても類まれなる才能を持つ。

 

サミュエル・ムジュル

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

(上の英文の翻訳)

サミュエル・ムジュルは、ジンバブエのデウェゾ(ダンバツォコ)のムジュル一族のムビラ奏者で、フラドレック・ムジュルの兄弟である。サムは、特に一族の地であるダンバツォコにおいて、ジンバブエの伝統的なムビラの儀式(bira)で演奏してきた。サムは、ムジュル一族が演奏する事で知られる、低く美しいサウンドのダンバツォコチューニングを演奏する。彼はムビラを教える事を楽しみ、どのように人々が学ぶのかに興味があり、それぞれの違った学ぶスタイルに対しても、自分の教え方を適応させる。

【USA・ジンバブエ・ミュージック・フェスティバルの紹介文より】

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

サミュエル・ムジュル氏インタビュー

精霊・チャミヌカについて

質問:精霊・チャミヌカは、強力な力を持つ、
と信仰されている精霊ですが、
チャミヌカは先祖の精霊なのですか?

そうではありません。
チャミヌカというのは、ショナ語でそう呼んでいるだけです。
それぞれの国が神を持っていますが、チャミヌカはそれと同じ精霊の事です。

例えばイエス・キリストは神の子です。
それぞれの国が神にそれぞれの国の言葉で名前を付けています。
それと同じように、私達はショナ語で”チャミヌカ”と呼んでいるだけです。
この精霊は世界に存在している精霊の王です。

そして、チャミヌカは人々に説明してくれます。
何が起こっているのか、何が起こるのか、人にとって何が良い事なのか、
何でも全ての事を。
どのようにすれば病気から回復できるのか、
という事も教えてくれます。

ムビラと自分について

私は6歳の時にムビラ音楽に合わせてダンスを踊りはじめました。
そして12歳の時からムビラを弾きはじめました。

ムビラは私のおじいさんのムチャテラ・ムジュルが演奏を教えてくれました。
ムジュル一族は、そのほとんど、4分の3くらいがムビラ演奏家です。

例えば、お酒を飲むとみんなムビラを弾きだします、そんな感じです。
でも私は、何故か分かりませんが、お酒をほとんど飲みません。

ムビラの歴史について

大昔、人々は岩の中から”ゴンゴンゴン”というような音が
聞こえてくるのを耳にしました。
その音はマリンバ(※木琴のようなアフリカの楽器)ミュージックの音のように、
たくさんの種類の音が流れていました。
人々は、それぞれひとりひとりが違う音を聞き取り、
ひとり1音ずつを理解しました。

そして人々は、それらの音をミックスしてムビラを作りました。
なので、その頃はムビラのキー(※ムビラに取り付けられている音を奏でるための鉄の棒)
1つ1つに名前があり、その音を発見した人の名前が付けられていました。

それらの人達の名前は忘れてしまいましたが、
1人の名前を覚えています。
その人の名前はノアの箱舟の”ノア”です。
どのキーの名前がノアだったか忘れてしまいましたが。
ショナ族は”ノア”の事を”ネネワネ”と呼びます。

大昔、ムビラはこのような形ではありませんでした。
時代を重ねるにつれてムビラは改良されてきました。
今でさえも改良されていっています、
例えばドンゴンダチューニングのように。
ドンゴンダチューニングはムビラ製作者によって、
近年、発見されたチューニングです。
(※ムビラにはいろいろなチューニングがあります。
ドンゴンダチューニングはそれらの中の1つのチューニングの事です)

ムビラのキーはじめは木で作られていました。
そして後に人々は鉄を発見し鉄でムビラのキーを作り出しました。

偉大なる精霊チャミヌカは最初は大気の中にいて、
大気の中から人々に語りかけました。

その後、チャミヌカは木に宿りました。
人々は、木から声が聞こえてくるのを聞いて、
“中にいったい何がいるんだろう?”と不思議がって木を切りました。

その後、チャミヌカは岩に宿りました。
そうすると人々は岩を炎で焼きました。

そしてチャミヌカは人々に言いました。
“人間よ、お前たちは私が宿るもの全てを破壊する。よろしい、
私は人間に宿りましょう。そうすれば、人間を破壊する、
という事は自分自身を殺す、という事になるでしょうから。”

その頃、人々はすでにムビラを弾いていました。
そしてチャミヌカはこうも言いました。
“ダンバツォコ地方で会おう”と。
(※ダンバツォコ地方はムジュル一族が生活している土地の地名)

チャミヌカがダンバツォコ地方に来る前は、
パシパミレ一族に宿っていました。
その前は、記憶が定かではありませんが、
たしか、ムトォタ一族に宿っていました。

“宿る”というのはその者に精霊が宿り、
宿られた者は自分では無くなり、
宿った精霊の言葉を話すようになる事です。

チャミヌカが我々一族にたどりつくまで、
グレートジンバブエ(※ジンバブエ南部にある古代遺跡)、ムトォタ
と宿ってきました。
ムトォタの後に宿った場所は、誰かに聞かなければ分かりませんが、
そのずっと先にはパシパミレ一族に宿りました。
その後、チャミヌカが私の祖父のムチャテラ・ムジュルに宿りました。

ムチャテラ・ムジュルに
“お前にはチャミヌカが宿っている”
と言ったのは、ムチャテラ・ムジュルのおじさんでした。
なぜならそのおじさんはチャミヌカのために
ムビラを演奏している人だったからです。

ムチャテラにはすでにチャミヌカの精霊が宿っていましたが、
まだチャミヌカの言葉を人々に与えてはいませんでした。
また、ムビラを弾いていませんでした。

そして、その時からムチャテラはムビラを弾きはじめました。
彼にはチャミヌカが宿っていたので、
ムビラを演奏するのは簡単な事でした。

例えば、他の一族、もし才能の無い一族の人々であれば、
ジンバブエではそのような人々にムビラを教えるのはとても難しい事なのです。
しかし、その一族がムビラの精霊を持っている一族であれば、
ムビラを学ぶ事は難しい事ではありません。
私の娘でさえ、私はムビラを教えるのが難しい、と感じた事はありません。
少しの時間教えると、彼女はすぐに演奏できるようになっています。

チャミヌカは、私の祖父に宿る前にはパシパミレ一族に宿っていました。
(チャミヌカが宿っている)パシパミレ氏が亡くなった後、
チャミヌカは私の祖父のムチャテラ・ムジュルに宿りました。

そこでムチャテラはパシパミレ一族のところへ行き、
“私にチャミヌカの精霊が宿った”と伝えました。

ムチャテラがパシパミレ一族のところを訪ねたのは試験を受けるためでした。
なぜならパシパミレ一族はチャミヌカが何を話したのか、
また次にどこに宿る、と言ったのか知っているからです。

パシパミレ一族は彼らが知っている事を全てムチャテラに質問しました。
そして、パシパミレ一族は言いました。
“オーケー、チャミヌカはムジュル一族のムチャテラ・ムジュルに宿った。”
そして彼らはムチャテラに”ようこそ”と言うために、
お酒を醸造してお祝いの席をもうけました。
(※セブンデイズという、儀式の時には必ず用意される、
7日間醸造して皆に振舞う精霊の宿るお酒の事だ、と思われる)

その後、ムチャテラはムジュル一族の土地、ダンバツォコ地方に戻ってきました。
そして、ムチャテラは精霊の言葉、
今、何が起こっているのか、
今までに何が起こったのか、
我々はどこから来たのか、
ムビラについて、
などを人々に伝え始めました。

ムチャテラは1977年に亡くなりました。
ムチャテラが亡くなってからはまだ誰にもチャミヌカは宿っていません。
しかしもはやムチャテラが亡くなった以上、
チャミヌカはどこかの人に宿るでしょう。

チャミヌカがどこかの人に宿った時、我々はその人を試験するでしょう。
なぜなら我々はチャミヌカが何を話したのか知っているからです。

 

♪サミュエル・ムジュル氏の演奏♪

ブラウザがファイアーフォックスの方はこちらから聴けます