サムソン・ブレ(Samson Bvure)


サムソン・ブレ

1970年ジンバブエのチウォタ地方生まれ

トーテムはしまうま

ムビラプレーヤーとしてもムビラ制作者としても有名で、
たくさんの日本人にムビラを教えてきた。

エディソン・チヴェゼと共に、
Mandarendare Mbira Group(マンダレンダーレムビラグループ)の一員である。

2011年、日本人のハヤシ・エリカと結婚、1人の娘がいる。
現在、ジンバブエの田舎で農業をしながらムビラを製作している。

サムソン・ブレ氏インタビュー

ムビラと自分について

5歳の時にムビラを弾き始めました。

私の兄がトラディショナルヒーラー(精霊の言葉をもとに、
薬草などを調合して人々を回復させる人)だったので、
毎週、時には毎日、
ムビラを演奏して精霊を呼ぶ儀式が家で行われていました。

それが私が幼い頃にムビラを始めたきっかけでした。

私とガリカイ・ティリコティ氏はおじいさんが同じなので、
同じ一族です。

ショナ族とムビラについて

人々はタンガニカ(タンザニアの旧名)から来ました。

タンガニカにいた頃、
人々はチワワリラ(約束の地)を探していました。

人々は精霊を持っていました。
精霊は鳥に宿り人々に話しかけました。
そして他の精霊が、人々にその言葉を訳しました。

鳥に宿った精霊の名前はチャミヌカです。
通訳した他の精霊の名前はンビリ・ンナガニレです。
チャミヌカが宿った鳥の名前はウゥングゥエです。

ウゥングゥエはグレートジンバブエ(※ジンバブエ南部にある古代遺跡)の壁画や、
ジンバブエの国旗に見ることができるジンバブエバードの事です。

人々は約束の地・ジンバブエにたどり着くまで、
徒歩で移動し、
時には木でネマムササ(※一時的に利用する仮小屋の事)をつくって、
そこで1年ほど生活したりして、
また移動を続けました。

最初にムビラを製作した人の名前は忘れましたが、
最初にムビラのキーを鉄で製作した人の名前はニャマロパです。

ニャマロパ(←人の名前)は、
ニャマロパ(←ムビラの曲の名前)、ニムティム、マホロロなどの曲を演奏しました。
だからこれらの曲は曲調が似ているのです。

実際、マホロロのオリジナルネーム(原曲名)は、
メンベルワ・ヤ・ニャマロパ(※日本語に訳すとニャマロパのメンベルワという意味)です。
ニャマロパは遅いビートの曲でマホロロは早いビートの曲です。

マホロロのオリジナルネームにある、
メンベルワは、人々がお祝いをする、というような意味です。
なので早いビートで、人々はお祝いをしながら楽しんでいるのです。

ニャマロパは、あなたはたくさんの事を考えている、というような意味です。
だからマホロロのようには早くないのです。それがニャマロパです。

 

ムビラが上手くなるためには何が大事ですか?

一番大事な事は、
ムビラの歴史をはっきりと理解する事です。
なぜならムビラは先祖の精霊のために演奏するものだからです。

日本人がムビラが上手くなるためには何かコツはありますか?

日本人にとってジンバブエに来るのはとてもお金のかかる事だと思います。

なので、日本にいても上達するためのアドバイスをするとすれば、
いくつかのムビラの音楽CDを買う事です。
そして何度も何度もそのCDを、
ムビラの音があなたの頭をノックするまで聴く事です、
私がやってきたのと同じように。

私もムビラの音楽を、ムビラが私の頭をノックするまで毎日聴きました。

ムビラの音楽を毎日聴いていると、ある日、
私はムビラのサウンドを歌い出したのです。
例えばネマムササなら、
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪(←サムソン・ブレ氏、歌う)
です。
そしてムビラを手に掴みました、
そしてその音をムビラで探し始めました。
それが一番簡単な上達法です。

ムビラを演奏する時には何を考えていますか?

ムビラを演奏している時は今日話したような事を考えています。
感情も湧き上がってくるので、
ムビラを演奏していると、最後には泣いている時もあります、
なぜならムビラを演奏しているとたくさんの事を考えるからです。

サムソン・ブレ氏の演奏