ムセキワ・チンゴーザと彼に宿る精霊について


チンゴーザ一族は、
先祖代々、ムビラを弾いて伝統を守ってきた一族である。

ムセキワの父親も、そのまたおじいさんも、
ムビラの名手であった。

ムセキワの父親は、
ショナ族が信仰している精霊たちの中でも、
とても大きな古代の精霊を降ろす事ができる、
という事で有名な人物である。

そんな家系に生まれ、
そんな父親を持つムセキワは、
幼少の頃からムビラに親しむようになる。

そんな時、
突然、ムセキワ少年の体に精霊が降りてくる。
(その当時の事は、
ムセキワにライブ中に話をしてもらいます。)

驚いた親族たちやまわりの者たちは、
ムセキワに何が起こったのか、
それを探り、
そして、ムセキワに、
彼のひいおじいさんが宿った、
と結論づけた。

ムセキワのひいおじいさんは
ムビラの名手であった。
ひいおじいさんが、
森の中で発見して演奏してきたムビラは、
チンゴーザ一族の大切な宝、
として保管されている。

ある時、ムセキワ少年は、
象のシンボルを持った一族が開催する、
ムビラを弾く儀式に参加する。

その時、
ムセキワ少年のムビラ演奏を聴いた人々は、
”ムセキワはムビラの真髄をすでに演奏できている、
そして、それ以上の演奏技術を、すでに持っている。”
と驚いた。

そして、青年となったムセキワは、
100年以上の歴史を持ち、1200人もの生徒を持つ、
ジンバブエの有名校、
プリンス・エドワード校で、
音楽教師としてムビラを教えるようになり、
その名前と顔がジンバブエ国内で知られるようになる。

エファット・ムジュルやドゥミサニ・マライレ、
ショナ族の伝統を継承する人物を国内に招待していたアメリカは、
ムセキワに注目し、
ムセキワをアメリカに招待する。
それ以来、ムセキワは、
度々、アメリカツアーを実施し、
その名は世界へと広まっていった。

そのアメリカツアーの途中、
公園でくつろいでいると、
近くに置いていた、無くなるはずのないムセキワのムビラが、
こつぜんと消えた。

ムセキワは言う。

「私のひいおじいさんは、森の中でムビラを見つけた。
そして、私は、公園で、無くすはずのない状況でムビラを無くした。
そういう事なのだろう。」

2017年、1月、
ムビラが示す流れに淀みを感じていた、
日本人ムビラ奏者のスミ・マズィタテグルは、
ジンバブエを訪れ、
ショナ族の超絶技巧ムビラ奏者、
ガリカイ・ティリコティを訪ねる。
そして、
ムビラを演奏して先祖に祈る儀式を開催したい、
とガリカイに相談した。

ガリカイは、
儀式を開催する事を快諾、
ガリカイとスミによる儀式を開催する事となった。

儀式の最中、
ガリカイの体が痙攣をはじめ、
ガリカイは立つことが出来なくなり、
地面を転がりまわった。
その後、
ガリカイは、ガリカイではなくなり、
その体に精霊が降りてきた。
その精霊は、スミに告げた。
“スミよ、私たちはあなたの悩みを知らなかった。
しかし、今、私たちはあなたの悩みを知った。
私たちは、あなたが儀式を開催してくれた事に感謝している。”

それから、一週間後、
スミが、とある場所に行くと、
そのうす暗い場所に、
眼鏡をかけたシルエットを発見した。

それが、ムセキワ・チンゴーザであった。

スミは、今まに数十回、
その場所に行ったが、
そこで、有名なムビラ奏者と出会う事は、
今まで、一度も無かった。

2人の話は一気に進み、
話しはじめて10分で、
日本ツアーを実施する事を了解し合う事となった。

ムセキワは言った。
「私が、今日、ここに来たのは、
こういう事だったのか。」

ムセキワ・チンゴーザ、
来日まであと10日。

これまで、
超絶技巧の天才、ガリカイ・ティリコティ、
人々が求める精霊を呼ぶ奏者、フォワード・クエンダ、
ショナ族がほこるムビラ奏者たちを日本に招いて来ました。

ムセキワは、
また、全く別種のムビラ奏者であり、
その種の奏法では随一の実力を持っています。

牛乳ビンを横から見ると長方形で、
下や上から見ると丸で、
全体を見る事によって、
牛乳ビン、と判断できるように、
ムビラにも多種多様な側面があり、
全体をみる事により、
ムビラ、というものが見えてきます。

ガリカイ・ティリコティも、
フォワード・クエンダも、
ムセキワ・チンゴーザも、
それぞれがムビラであり、
そして、全体が合わさっていったものがムビラです。

ムセキワのムビラの迫力、
深淵なる世界、
見て、聴いていただく事ができるでしょう。

そして、
ショナ族に伝わる、
我々、人類に伝わる、
大切なものを感じ、
つかみとれるものをつかみとっていただければ幸いです。