ムビラ上達の秘訣5ヵ条


1.他の人がライブに出演する事になったら、
他の人が新しい曲を覚えたら、
他の人のムビラの演奏技術が上達したら、
“おめでとう!”と思う。
もしくは”おめでとう!”と伝える。

(お互い刺激しあう良いライバルが出来れば、
一緒に合奏する機会も増えるし、ムビラの技術が上達していく。)

2.一緒に合奏している仲間を思いやる。

(ムビラが他の楽器と一番違う点は
“同じ楽器で合奏する”という事を前提に曲がつくられている事。
合奏している仲間の良い点を見つけ、思いやってリスペクトする事で、
心が通じ合い、よい合奏ができるようになる。)

3.人には丁寧に対応する。

(人に丁寧に対応する事は、ムビラのキーを丁寧に叩く事にもつながる。
逆にムビラ1つ1つのキーを大切にして、丁寧に叩いて音を出すように心がければ、
自然と人に対しても、何事に対しても、人生全般において、丁寧に対応するようになる。)

4.楽しむ!

(楽しくもないのに何時間も練習していても、
成果はあがらず変なクセがつくだけ。
疲れたら練習を休んで、楽しめる時になったら、
思いっきり楽しみながら練習する。
そうすればどんどん上達する。)

5.ライブで演奏している時は、
来てくれた人たちに感謝して、
その人たちの幸せを願って演奏する。

(路上で演奏していて気づいた事。
路上で何も考えず演奏している時と、
道を歩いている人たちの幸せを願って演奏している時とでは、
入れてくれる投げ銭の量が違う。
人の幸せを願って演奏していると、
それが音にも出ているのだと思う。
ライブでは、心の底から、
聴いてくれている人たちに感謝して、
その人たちが幸せでありますように、
と願いながら演奏する。
そうすればムビラが自然と素晴らしい音を発しだす。)

【石手寺仏教シリーズから抜き出した言葉の覚え書き】
●弘法大師は事も無げに言う。
何故、他人を殺さないか、何故、他人の物を奪わないか。
それは、他人を自分として見るからである。
母親が自分の子を観る様に他人を観るからである。

●私たちは物事と出逢うが、
そのものを「これこれがある」「これこれはなになに」というように捉え定めるときに、
自己中心的に私物化をしないことである。
「これこれは私のもの」「これこれはだれのもの」として独占排除をしないことである。
また「これこれは良いもの悪いもの」「これこれは優れたもの劣ったもの」というように
自分の欲望に汚染された判断を下さない事である。
そうすれば私たちは敵対して冷酷になることもなく、
取り込んで我が物にしようと狂暴になることもなく、
ありのままに調和してあらゆるところに安穏な平安を見るのである。

●弘法大師空海は万灯会の願文に
「世界という世界のあらゆるすべての生き物が真の幸福を得るまで
私の願望はなくならない」と書き残している。
母親が自分の子供の病気を案じて眠れない様子に似ている。

●ブッダいわく、
どの方角に心でさがして求めてみても、
自分よりさらに愛しいものをどこにみ見出さなかった。
そのように他の人々にとってもそれぞれの自己が愛しいのである。
それ故に自己を愛する人は他人を害してはならない。
これは弘法大師の、
「他人を観る事なおし己身の如し、故に殺生せず」あるいは
「他人を見ること母が1人子を見るが如し」
の言葉に等しい。

●彼は逃げず消えず、立ち続けるのである。
彼は流れの中にいて、全てを捨てていて、心が静まり平安で、
真実を守っているのである。
まず、人々は熱望によって流れていく。
その中で、彼は、一切を捨てる。
これは関係性を解消するということであろう。
「これは自分にとって何々である」
という認識や決定を解消し保留することである。
「これは私にとってAでもありBでもある」また
「私以外の関係性たとえばCにとってAでありBでもありCでもある」。
関係性を持たないことであり、限りなく無限のあり方で繋がることである。

●他人の痛みを自分の痛みと同様に感じるならば。
他者への攻撃は緩んでいく。
ここに平和への新しい意思があるということになる。

●ぶつかり合う人のなかで、ぶつからず
殺し合う人のなかで、殺さず
奪い合う人のなかで、奪わず
平安に生きる人
その人を私は尊敬する

●解脱、解放、完全な自由とは、
他人によってもたらされたり、
教えや見方や教義や道徳によってなされるものではなく、
自分の欲求から解放されなければ自由はない