東京・ガリカイ@ショナ民族の大切な深いお話し(先祖と精霊と)


ムビラ奏者-ガリカイ・ティリコティ

8/16(木) ショナ民族の大切な深いお話し(先祖と精霊と)
開場18:30 お話し19:00~20:30
2500円
小平会場
東京都小平市天神町1-3-14-401
070-5469-6409

2015年、ガリカイ・ティリコティと共にテレビを見ていた。
テレビからはオーケストラが流れていた。
「この人たちはなぜ伝統的な服を着ていないのだ。このような演奏をする時は伝統的な服を着るべきだ。」
ガリカイ・ティリコティが不平を言った。オーケストラを演奏している人たちはスーツやワンピースを着ていた。
『ガリカイさん、この人たちは西洋人たちですよ。日本人じゃありません。』
僕はガリカイ・ティリコティに答えた。
「あぁ、そうか、日本のテレビだから日本人かと思った。西洋人か、それならば西洋人の衣装を着ているから問題ない。」
ガリカイ・ティリコティが返答した。

ガリカイ・ティリコティ、彼が幼少の頃には、不思議な男が彼の家をよく訪れていた、と言う。その男は、いつも獣の皮を身にまとっていた、そして小さなガリカイぼうやを可愛がった。ガリカイは幼かったので、いつも、獣の皮を身にまとうその男の事が怖かった、という。その男は、いつも徒歩で数十キロも百キロも移動し、そして、その後ろにはいつもムビラ演奏者たちがお供としてついて歩き、ムビラを奏でていた、という。その男の名を、セクルゴレ、という。タズンガイラ、という曲で、セクルゴレ・ムズィムウォエ・タズンガイラ、と歌う、その男の事である。

ガリカイが少年の頃、木の上にいるブラックマンバ(キングコブラより獰猛なアフリカの蛇)を見る、その経験をした後、彼には危険を予知する能力が身についた。その能力のため、ジンバブエ軍にやとわれて、この道を行くと危険だ、この道は安全だ、と危険を予知する役を与えられる。その活躍をたたえられて、ガリカイは勲章を与えられる。

数千年前、人々はどこの住んでいたのだろうか?ガリカイは語る、チャミヌカの精霊が宿った1人目の者は遠くペイジアという土地に住んでいた。2人目の者は・・・、3人目の者は・・・、4人目の者は・・・、果てしない時の向こうの悠久のものがたり。

2011年3月、日本人たちにとって致命的な出来事が起こった。東日本大震災。その爪痕は今も残り、我々が生きている間には消える事は無いであろう。その時に気づいた者たちがいる。

「高度経済成長、バブル、世界の先進国、我々は急速に成長してきた。しかし、我々は何を追い求めていたのだろう。追い求めた結果、我々に与えられたものはこれだった。我々は求めすぎた。高くのぼりすぎ、おおもとにあった、自然と共存し、文化を大切にし、そういったものを置き去りにしてきてしまった。帰ろう、あの頃の日本へ。木々や水や風と共に過ごしてきた日本人らしい我々の生活に。」
若者たちの中から、田舎に移住し畑や水田、自然と共に暮らす生活をはじめる者たちがあらわれだした。田舎だけでなく都市部でも、オーガニック、無農薬、健康食、そんな言葉が頻繁に聞かれるようになった。今では、大手メーカーたちもマクロビオティックのお菓子などを生産するようになった。1日30品目食べなさい、肉を食べてその分野菜を食べろ、牛乳を飲め、と言っていた時代からは、もう日本は違う時代へと入りつつある(※これはそのような食生活を否定しているわけではない、高度経済成長の頃は、そのような食生活で良かったのだろうな、と思っている。ただ、時代はもう変わってきている、と私は思っている)。

私は思う。日本の伝統的な服、着物など和服を着て、外を歩き、普通に生活したい、と。しかし、そのような恰好をして道を歩くと、スーパーに行くとジロジロ見られるだろう。そして時には変人扱いされるだろう。西洋からやってきた洋服を着てシューズを履いて、それがTPO、時と場所と場合を考えて・・・。TPOとは何なのだろうか?

伝統的な恰好をすると笑われるこの時代、しかし、気づき始めているこの時代。
そんな時代の日本に、伝統・文化を守りそれを受け継いできたガリカイ・ティリコティがアフリカからやってくる。

彼の話は、少なからず、聞く者の考えに影響を与えるであろう。聞いた後は、それを良く活かすも、悪く活かすも、無視するのも、あなた次第である。

スミ・マズィタテグル